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福島地方裁判所 平成6年(行ウ)12号 判決

原告

佐原吉太郎

鈴木善彦

佐藤誠一

右三名訴訟代理人弁護士

石澤茂夫

被告

淺和定次

右訴訟代理人弁護士

高橋久善

主文

本件請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、福島県安達郡大玉村(以下「大玉村」という。)に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成六年九月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件の概要

本件は、大玉村が、別件の民事訴訟において、和解案につき議会の議決を経たうえで、裁判上の和解により、五〇〇万円を支払ったことが、違法な公金の支出であるとして、同村長である被告に対し、右金員の同村への返還を求めた住民訴訟である。

二  争いのない事実

1  原告らは、いずれも大玉村の住民であり、被告は、平成五年八月から、同村長の職にある。

2(一)  鈴木博ら(以下「鈴木ら」という。)は、東北自動車道建設の代替地確保のために実施された大玉村での県営ほ場整備事業につき、用地買収、換地等が不平等であるとして、昭和五六年ころ、福島県を被告として一時利用地変更指定処分取消請求訴訟を福島地方裁判所に提起したが、昭和六二、三年ころ、同裁判所において請求棄却の判決を受けたので、これを不服として、仙台高等裁判所に控訴した。

(二)  右訴訟が控訴審に係属中である平成三年一一月一八日、当時の大玉村長後藤二雄は、鈴木らとの間で、大玉村長が鈴木らに対し、二五〇〇万円を支払うのと引き換えに、右訴訟を取り下げる旨を合意し(以下「本件合意」という。)、同年一二月、定例議会に右金員の支出に関する議案を提出したが否決されたため、右合意で取り決められた約定はいずれも履行されなかった。

(三)  鈴木らは、平成四年一二月、右訴訟につき、仙台高等裁判所において控訴棄却の判決を受けたので、これを不服として最高裁判所に上告する一方、大玉村を被告として、二五〇〇万円の支払約束金履行請求訴訟を福島地方裁判所郡山支部に提起し(同庁平成四年(ワ)第三八三号事件)、大玉村がこれに応訴した。

(四)  大玉村は、平成五年三月、右支払約束金履行請求訴訟につき、裁判所から和解の勧告を受けて検討していたが、被告が村長に就任した後である平成六年三月三〇日、和解案を議会に提出して議決を得たうえ、同年四月八日、別紙(省略)記載の和解条項を内容とする裁判上の和解(以下「本件和解」という。)を成立させ、同年五月二三日、本件和解に従って、鈴木らに対し、和解金として五〇〇万円を支払った。

3  原告らは、同年六月一〇日、本件和解金の支出が違法又は不当であるとして住民監査請求を行ったが、大玉村監査委員は、同年八月一七日、請求に理由がないとする監査結果を出し、翌一八日、原告らに通知した。

三  原告らの主張

1  本件和解金の支出の原因となった本件合意は、鈴木らが福島県との訴訟を取り下げることに対する代償としての性格が強く、そこで鈴木らに対し支払を約した金員は、実質的には右訴訟を追行するために要した費用を補填するための補助金に等しく、結局、その支出は鈴木らの個人的需要の支弁に充当するためのものであるから、地方自治法二三二条の二で求められている公益上の必要性を欠いた違法又は不当なものである。しかも、本件合意は、議会の議決を得ることができなかったのであるから、効力要件を欠き、二五〇〇万円の債務負担行為が無効であったことは言うまでもない。そして、鈴木らが提起した前記の支払約束金履行請求訴訟は、本件合意の履行を求めたものであって、その請求に理由のないことが明らかであり、かつ、大玉村においても、かねてから本件合意の無効を主張するなど、この点を十分に認識していたものである。それにもかかわらず、被告が、裁判所の和解勧告に乗じて、本件和解案を議会に提出して議決を得、右支払約束金履行請求訴訟を本件和解により解決をしたことは、村長に与えられた裁量の範囲を著しく逸脱しており、例え議会の議決を経ていたとしても、本件和解金の支出は違法である。

2  また、鈴木らは、前記約束履行金請求訴訟を提起したほか、大玉村が実施する住宅建設のための農業振興地域の除外手続に異議申立を行うなどして、直接間接に前記訴訟費用に充てる金員を獲得しようとしていたのであり、このような経緯に照らせば、本件和解金の実態も鈴木らに対する補助金であることに変わりがなく、前同様に補助金として支出する公益上の必要性が認められないのであるから、その支出は違法又は不当なものである。このような実態を看過して、本件和解により後記の被告主張のような行政効果があるとすることは当を得ないと言うべきである。

3  加えて、被告は、このような本件和解金の実態を知りつつこれを秘し、議会に本件和解案を提出してその議決を得たのであるから、その議事手続は信義則に反する違法、不当なものである。

四  被告の主張

1  地方自治法九六条一項一二号は、和解を議会の議決事項として定め、住民代表機関である議会において、和解に応ずるか否か、あるいは和解内容等につき地方公共団体の意思を決定するものとしており、その議決に重大かつ明白な瑕疵が認められない限り、地方公共団体の長はその団体意思たる議決に従って執行するに過ぎないものである。そして、住民監査請求における監査の対象が、地方公共団体の執行機関によるいわゆる財務会計上の行為に限られ、議会の議決には及ばないのであるから、議会の議決に基づく場合の執行機関の執行行為は、監査委員による監査、ひいては住民訴訟の対象とはならないと言うべきである。

2  被告は、およそ裁判所が、村長をして違法不当な財務会計上の行為に及ぶことを約束せしめるような和解案をもって、和解勧告してくるはずがないと考えていたので、受訴裁判所からなされた和解勧告を尊重し、当該和解案による勧告に応じるべきか否かの意思決定を議会に求め、議会で議決されたとおりの内容をもって裁判上の和解を成立させ、その和解金の支払を執行したものであり、その所為には裁量権の逸脱・濫用などが入り込む余地はないのである。

大玉村においては、これまで住宅等の建設用途を目的とした農業振興地域の除外手続が、鈴木らの異議申立により円滑に進行しなかったが、本件和解が成立した後は、右除外手続に対して異議申立がなされることはなくなり、宅地開発のための諸手続が順調に進むようになり、大玉村が推進する定住人口増加対策としての住宅建設及び企業誘致等が着実に行われ、本件和解による行政効果が得られているところである。

五  本件の争点

1  議会の議決に基づいてなされた公金の支出に対する住民訴訟の可否

2  本件和解金の支払の違法性

第三  争点に対する判断

一  議会の議決に基づいてなされた公金の支出が住民訴訟の対象となるかにつき検討するに、地方自治法において、公金の支出を伴う行為につき議決事項と定められている場合には、かかる公金の支出は、住民代表機関たる議会において地方公共団体の意思を決定したうえで、その長が議決に基づいて執行するものであるから、当該支出につき議決を経ているときには、原則として支出は適法なものである。しかしながら、議会の議決を経たとの一事をもって、他の法令上違法な支出までも当然に適法となるわけではなく、また、地方自治法が、議決機関である議会の解散請求とは別個に、個々の住民に違法な支出等につき差止、取消、損害賠償等を求める手続を行わせる権限を付与し、もって財務会計上の行為の是正を図るべく住民訴訟制度を設けた趣旨に照らせば、議決に基づく支出であっても、住民監査請求及び住民訴訟の対象となると言うべきである(最判昭和三七年三月七日・民集一六巻三号四四五頁)。

二  次に、本件和解金の支出の違法性について判断をする。

1  地方自治法は、地方公共団体が、紛争の一方当事者として、民事上あるいは行政上の紛争を解決しようとする際には、その結果が地方公共団体に大きな影響を与える場合もあり得ることにかんがみ、その紛争解決のための手段の選択やその内容等につき、議会の議決を要するものとしているが(同法九六条一項一二号)、同条項に掲げられている紛争解決手段のうち、和解は、執行機関による和解交渉と議会による意思決定という協同行為によって成立すると考えることができ、それぞれに裁量権が与えられていると解される。そして、当事者双方の互譲により紛争の解決を図る和解制度は、当該紛争の経緯と内容、争いの対象となった利益、両当事者や関係者の利害状況、紛争解決の経済性など諸般の事情に応じて、各事案毎にその時期、方法、内容等について異なるものであることは言うまでも無いが、このような和解の性質に照らすならば、議会と長に与えられた裁量権の範囲は、かなり広範なものと言うべきである。従って、和解内容に重大な法令違反が存するものであったり、議会や長が、相手方と通謀して専ら相手方の利益を図るような和解を成立させるなど、明らかにその裁量の範囲を逸脱していると認められる特段の事情が存しない限り、議会の議決を経ている和解は原則として適法と考えるべきである。

そこで、本件和解に至る経緯を見るに、前示争いのない事実及び関係証拠(被告援用の各書証及び証人渡辺信雄の証言)を総合すると、鈴木らは、昭和五六年ころから、大玉村内におけるほ場整備事業につき、福島県を被告として一時利用地変更指定処分の取消請求訴訟を追行していたところ、平成三年一一月、この状況を憂慮した当時の大玉村長との間で、二五〇〇万円の支払と引き換えに右訴訟を取り下げる旨の本件合意に達したが、議会で右金員の支出案件が否決されてしまったので、右訴訟を追行するかたわら、平成四年一二月、大玉村を被告として、支払約束金履行請求訴訟を提起する一方、大玉村内で住宅等の建設を目的とした農業振興地域の除外手続につき、異議を申し立てるなど、村政に非協力的な立場にあったことが窺われ、県営ほ場整備事業に端を発した諸問題は、大玉村において長年にわたる懸案事項であったことが認められる。そして、本件和解の骨子は、本件和解金の支払、本件合意の解約、福島県との前記訴訟の取下及びほ場整備事業を巡る諸問題の円満解決であるが、関係証拠によれば、被告が本件和解に応じた意図は、受訴裁判所からの勧告案に従って裁判上の和解を成立させることが、当該紛争解決のために最も適切な方法であり、ましてや和解金の支出が違法不当な公金支出と糾弾される点など含まれるはずがないと認識していたこと、議会においても承認する議決がなされたこと、そして、村政の運用にあたり前記諸問題を一挙に解決し、よって村民の融和を図ろうと試みたことにあり、現実に本件和解後は、前記の除外手続に対する異議申立がなくなる等、村政が円滑に実施されるようになったとの行政効果の生じている事実が認められる。このような経緯、和解の意図、和解内容、和解による影響や派生効果等の諸事情に照らすならば、本件和解の成立及び和解金支出に関して、議会及び長の有する裁量権の範囲を明らかに逸脱していると認められる特段の事情は窺われないから、本件和解は適法である。

2  また、本件和解金が実質的に補助金であり、その支出は公益上の必要を欠くとの主張について検討するに、前記支払約束金履行請求訴訟が提起されるまでの経緯、特にその原因である二五〇〇万円の支払を定めた本件合意に関しては、原告の主張する問題点が潜んでいることは否めないものの、これをもって直ちに右問題点が本件和解金に承継されたとは言えないし、本件和解金は、前示認定のとおり、同訴訟とこれに関連・付随する諸問題を解決し、もって村民の融和を図り村政の推進に益する趣旨で支払が定められたものであるから、これが原告の主張する補助金であると評価することはできず、その他に原告の主張を裏付ける事情は認められない。また、その他に本件和解金の支出行為自体の違法性を裏付ける証拠はない。従って、その余の点を判断するまでもなく、原告の主張は失当である。

3  更に、本件和解の議決に関する議事手続が、信義則に反して違法である旨の主張は、前示したように、本件和解金が実質的には補助金であるとする前提事実が認められないので採用できない。

三  よって、原告の請求は理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官木原幹郎 裁判官林美穂 裁判官石垣陽介)

別紙〈省略〉

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